91猎奇

远いようで、実は身近な「考古学」

上田 直弥 准教授

准教授
人文学プログラム 考古学

「遗跡」はどこにある?

 私が専门としている「考古学」、テレビなどの影响もあって、学问分野としての知名度は高い方ではないでしょうか。しかし、皆さんのイメージと実际の「考古学」とは、おそらくかなり异なっています。例えば、皆さんは「遗跡」と闻いてどのような风景を思い浮かべるでしょうか?町から远く离れた砂漠の中、半ば崩れた石柱が何本も林立する风景、などなど。少なくとも身近な存在として捉えている人はほとんどいないのではないでしょうか?しかし実际には、「目に见えない遗跡」があなたの足元にもたくさん存在するのです。

 下の図は、広岛大学の周辺における遗跡の分布を示した地図です。赤いマークが遗跡の位置を表しています。マークがある现地にいっても、9割がたはただの道路やビルがあるだけです。実は「遗跡」は、开発などに伴って発见?発掘调査されたものがほとんどを占めています。もちろん、重要な遗跡は保护のための协议が行われますが、(残念ながら)すべてを残しておくということは现実的には难しい。そこで行われるのが発掘调査です。遗跡とは、モノや土层の堆积プロセスの履歴书のようなものですが、大なり小なり一度でも掘れば、その场所の情报が消费されてしまいます。失われるその情报を、せめて正确かつ精密に记録にとるために、事前の调整や事后の报告书作成を含めた各种の作业が日々行われているのです。土器片ひとつをとっても、それ自体の形状などだけではなく、製作や使用、流通などどのような过程を経てから埋まったのか、埋まった后にかく乱などを受けているのか…。最低限确认すべき情报だけでも膨大です。文献史料と违って直接モノを喋れない考古资料にとって、これらの情报は「ことば」であるとも言えます。

 大学の授业ではそうした基础的な调査スキルを身につける実习を行っており、卒业?修了后に文化财の専门职に就く人も多くいます。文化财専门职は、例に漏れず深刻な人材不足です。こうした就职先があるんだ、ということだけでも広く知ってもらい、将来の选択肢の中に入れて欲しいと考えています。スキル修得には地道な努力が必要ですが、大学?大学院で学んだことを活かせる喜びもまたあなどれないものです。

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考古学の学问的役割

 考古学が扱う资料のイメージは上记のようなところです。では、その资料的、方法的な特性はどのようなものでしょうか。まず挙げるべきは、その「寡黙さ」です。土器の欠片があるとして、それを特に何も考えずに1时间眺めていても、「茶色い」「割れている」「表面に波线のような文様がある」など、物质としてのざっくりとした特徴しか认识できません。もちろん地道な観察がすべてのスタートですが、その先に进むには、「なぜ」というアクティブ?ソナーを打つ必要があります。「製作时の痕跡は残っていないか(例:下の画像にあるのは工具で埴轮の表面を整えた痕跡です。)」「断面をみれば製作の単位がみえるのではないか」「同じような文様を持つ土器はどの地域に拡がっているのか」などなど。観察者の问题意识の数がそのまま、资料を観察する视点の数になっています。これに加えて、先に触れたように、モノがどのような位置、状态で出土したのかという「文脉」(コンテクスト)も考えるヒントになります。そのため、既に多くの人が论文を书いている资料であっても、着眼点次第で新しい情报を引き出せるのです。加えて、考古学资料は、上记の発掘调査件数からも察せられるように非常に膨大な点数にのぼります。全国津々浦々、材料には事欠きません。もちろん倍率の高い、人気の资料(たとえば铜鐸、叁角縁神獣镜)もありますが…。

 もう一つ触れておきたいことは、考古资料は社会の基层へアプローチするうえで非常に有効であることです。特に古代史などでは文献に残る情报は、社会阶层の上位にあたる人々にかかわるものが多く、地域的にも都とその周辺が中心にならざるをえません。一方、考古资料は人々の生活の痕跡を主に扱うものですから、たとえば食事の道具がどのように変化するのか、その调达先はどこか、住居の大きさや立地はどうか、などといった、一般的な衣食住にかかわる多くの情报を得ることができます。また一方で、巨大古坟や宫都にかかわる遗构のように、阶层上位の人々に関係する资料も多くあります。研究の目的を広いレンジで设定できることは、考古学の大きな强みであるといえます。

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古坟时代の葬制研究

 最后に、私自身の研究の内容についても少し触れたいと思います。私が主たる研究対象としているのは古坟时代の埋葬遗构です。古坟时代は、最大数百mにもなる巨大なマウンドが多数つくられた日本史上でも、さらには世界史的にみても特异な时代です。古坟时代はおよそ350年続きますが、ある时期には小规模な古坟が大量につくられたり、ある地域では他を圧する少数の大规模古坟のみが筑かれたりと、时空间的な様相は一定ではありません。そのダイナミクスが持つ歴史的意义に、具体的な埋葬施设の构造分析からアプローチしています。単に土を掘って埋めるだけではなく、周囲に防排水の复雑な施设を施したり、粘土で全面的にパックしたりと、埋葬施设には様々な构造があります。その构筑方法が、地理的に大きく离れた古坟同士で共通していたり、逆に近距离かつ近い时期に筑かれた古坟同士でも大きく异なっていたりします。加えて、埋葬施设构造の差は葬送観念の差に起因したり、あるいは阶层差であったりと、复数の要因が复雑に络み合っています。古坟时代は、墓づくりが占める社会的ウェイトがきわめて大きかったことから、埋葬にかかわる诸属性とその形成要因を分析していくことで、古坟时代の有力者间関係などにも迫ることができると考えています。

 一つ例を示しましょう。広岛大学の近くにある叁ツ城1号坟(下の写真)は、県下でも最大规模の前方后円坟(古坟时代中期:おおよそ4世纪后半~5世纪后半)です。葺石や埴轮を备え、くびれ部の造り出しでは最新の土器を用いた祭祀を行うなど、ヤマト政権の大王坟(大阪府百舌鸟?古市古坟群など)との强いつながりをアピールするものです。一方、その埋葬施设についてみてみると、広岛などで弥生时代以来伝统的に用いられてきた箱式石棺と呼ばれる构造を採用しています。坟丘の外见からは、中央の様式に倣っていることが强烈にアピールされている。しかし、古坟の外からは见えにくく、葬送仪礼に参列した人にしか目に触れない场所では、あえて伝统的な墓制を採用している。こうした「ねじれ」は、前方后円坟の存在を、単なる中央墓制の波及として片づけられないことを端的に示しています。なぜ3世纪半ば、前方后円坟がそれまでにないほどの広域に急速に拡がるのか。この国家形成にかかわる歴史的事件の背景をひも解くためには、古坟を「复眼的」に読み解く必要があるといえます。

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掲載日 : 2026年6月24日


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